日光市のキリスト教会 大沢バイブルチャーチ

わが手を見よ

2017.05.07 週報 No17-19

今週のみことば

それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」
ヨハネ20章27節<新改訳>

次週14日(日)は母の日です。また礼拝後すぐに教会総会を開きます。2016年度の決算報告が主な議題です。大切な総会ですのでもれなくご参加ください。

教会の屋根を今年は何とか塗り替えたいと思っています。どうぞ、お祈りください。

追悼・羽鳥明先生 Pert.2

横浜港で、弟さんの羽鳥純二さんと一緒になり、当時まだクリスチャンでなかった純二さんと3人で食事をした。
弟さんの救いを、ひたすら求めていた羽鳥先生のお姿を間近に拝見したときでもあった。

その後、羽鳥先生は結婚され、1956年春、私が須賀川の聖書学塾に入学した4月に、羽鳥先生ご一家(お母様と奥様)も須賀川に移転され、安藤喜市先生と聖書学塾の教師として奉仕してくださった。

私は、長男の一夫が小学校一年生になる春、幼い次男の宣義とふたりの子どもなら、働いて3年間大丈夫だからという了解を得て聖書学塾に入学した。親子での入学式であった。
まさにお父ちゃん学生であった。

私が入塾した時に、羽鳥純二さんは熱心なクリスチャンになっていて私より半年前に須賀川の学塾に入学していた。
東京のある教会で安藤喜一先生のイースターメッセージで救われ、牧師としての生涯をスタートしていたのである。

須賀川の聖書学塾に入学した1956年12月、三男(弘興)が生まれるというので休暇をいただき前橋に帰省することを許された。
だが、帰るのに旅費が乏しい。
(あの当時は本当に貧しい学生であった。)

前橋までの切符を買うお金がなかった。買えるところまで買って歩こうか?どうしようか?と心配しながら、
(主よ・主よ)と祈りつつ、荷物を持って出かけようと学塾の寮から歩き出した。

その時、農作業(当時の学塾は午後は農作業が日課だった)していた羽鳥先生が駆け寄ってきて、作業着のポケットから小さな財布を取り出し、その財布の中身を空っぽにして小銭から何枚かのお札を(赤ちゃんのために、少しだけど)と私の手に握らせてくださった。

私は、泣きながら須賀川の駅について、無事前橋までの切符を買って家内とふたりの子供が待っている前橋に帰宅した。

この出来事は私の一生忘れられない出来事だった。

あれから61年、その時に生まれた三男の弘興が、今満60歳を過ぎた。いろいろなところを通りながら小田原で牧師をしている。

そして羽鳥先生の働きの一端を担う太平洋放送協会の「世の光」やテレビ伝道「ライフライン」の司会をしたり、理事に加えて頂いたり、あちこちとライフラインの集いの大きな集会にもお手伝いするようになった。
万事は神のご計画にあったのだ。

礼拝への招き

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。 わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。
詩篇91章15節<新改訳>

祝福の祈り

『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6章24-26節<新改訳>



19 その日、すなわち週の初めの日の夕方のことであった。弟子たちがいた所では、ユダヤ人を恐れて戸がしめてあったが、イエスが来られ、彼らの中に立って言われた。「平安があなたがたにあるように。」
20 こう言ってイエスは、その手とわき腹を彼らに示された。弟子たちは、主を見て喜んだ。
21 イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。父がわたしを遣わしたように、わたしもあなたがたを遣わします。」
22 そして、こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。
23 あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」
24 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。
25 それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た。」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません。」と言った。
26 八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って「平安があなたがたにあるように。」と言われた。
27 それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」
28 トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」
29 イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」
30 この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行なわれた。
31 しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。
ヨハネ20章19-31節<新改訳>