日光市のキリスト教会 〒321-2344 栃木県日光市猪倉3365-11 0288-26-0732

宗教と真の救いの道
2017.10.08 週報 No17-41
今週のみことば
私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。
使徒17章28節<新改訳>
館林教会でバーネット先生記念宣教大会が開かれますが、明日の月曜礼拝はいつものように行います。
先週の月曜礼拝は、学院関係の方々がみえて11名の集会。楽しい交わりの時でした。
篤い宗教心のアテネの人々
アテネの人々は「宗教心の篤い人々」でした。
「宗教心がある」ということと「救いを得ている」こととは大きな違いがあります。
日本人もある意味で宗教心の篤い民族です。
宗教を持たない家がありません。
何らかの宗教を持っています。
「我が家は何の宗教?」と問われれば、はて?なんだろうか?
正月には初詣をし(神道)お彼岸にはお寺に墓詣でをし(仏教)ときには、お月様・太陽等を拝んだり(自然崇拝)
神なんかいるものか?とあるときは思ったり(無宗教?)
特別な宗教には、はまり込まないほうが良い、私は無宗教だ、と言っている人も家族に葬儀が起こると急にお寺さんで、と言い出す。
神なんて、いるのか、いないのか、雲をつかむようなことで、わかるはずがない」とあきらめている人もいます。
当時の文化都市、アテネの町々を巡り歩いていたパウロたちは、アテネ市の町中、様々な偶像・神殿・その彫刻に驚きました。
そのアテネの街で、パウロが素晴らしい大説教をしました。
それが今日の礼拝聖書箇所です。
今日の礼拝説教「宗教心と真の信仰の違い」
はじめに・ピリピからテサロニケ、そしてアテネ伝道
その距離、およそ700キロ。徒歩と船の旅でした。
1・知られない神
宗教心の熱心で人は救われない。
2・神を知る道、方法
創造者なる神を知る道がある。
天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
詩篇19章1節<新改訳>
神が造られたこの大自然には、作者である神の指のあとと性格がにじみ出ています。
3・創造者なる神を求めよ
求める人には必ず与えられる。
真の神と偶像の神々の違いは明白である。
確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。
「今」今日がその時なのです。
神は言われます。
「わたしは、恵みの時にあなたに答え、
救いの日にあなたを助けた。」
確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。
第二コリント6章2節<新改訳>
礼拝への招き
天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
詩篇19章1節<新改訳>
祝福の祈り
『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。』
民数記6章24-26節<新改訳>
21 アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていた。
22 そこでパウロは、アレオパゴスの真中に立って言った。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。
23 私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。
24 この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。
25 また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。
26 神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。
27 これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
28 私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である。』と言ったとおりです。
29 そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。
30神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。
使徒17章21-30節<新改訳>