奉仕者の喜び

2019.09.01 週報 No.2019-36

今週のみことば

ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」
マタイ18章20節

最近は電車に乗るのが、億劫になってきた。
それは、切符1枚買うにも、無人駅であったり、改札が昔と違って、カードだったりして、年寄りはまごつくばかりだ。
なるべく、乗り換えのない列車を利用しているが、先週は、月曜礼拝に間に合うように、小田原を6時半に出発、新幹線で、乗り換えを慎重にしながら、大沢駅には9時9分についた。

小田原からでも月曜礼拝に間に合う。と思いながら帰宅した。
いつものごとく、会衆は一人か二人の月曜礼拝を始めようとしたら、10時半に、二人の婦人がタクシーで降りて参加してくださった。
お二人は晴美のお友達で、神奈川県から、月曜礼拝に参加しようと、早朝に家を出て、下今市からタクシーで月曜礼拝に参加されたとのこと。遠方からの来客にビックリ。
実は、日曜夜、小田原の集会後、弘興が自動車で私を送る予定でいたが教会員の一人が日曜夜、天に召された。
そんなわけで私は新幹線で、小田原を早く出て、月曜礼拝に間に合うように帰宅したわけである。
そのお二人も、同じくらいの時間に、神奈川県から、東武線で来られたそうだ。
マタイ18:20「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」と宣言された、イエス様の宣言を信じて、月曜礼拝を続けているが、いろいろな人が助けてくださり、礼拝で恵みを受けて、感謝してくださっている、その姿に、奉仕する者は大きな喜び感謝を主に献げております。

しかし、その月曜礼拝も、牧師の年齢を考えると、どこまで続くのか?戸惑うことがあります。
どうぞ、月曜礼拝が無くならないように、日曜礼拝に出られないとき、月曜礼拝をお守りください。
時々、群馬や茨城、遠くから月曜礼拝を慕って来てくださる方々がおりまして、牧師の心は励まされております。
8月は、福島県から、又群馬県から参加された方がいました。木曜集会も、忠実に出席してくださっている数名の方々によって支えられており感謝しております。