信仰によって生きるとは(関根牧師)

2021.8.1 週報 No.2021-31

今週のみことば

信仰がなくては、神に喜ばれる事はできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。
へブル11章6節

へブル11章1節~6節
前橋教会の荒川牧師の長女、荒川泰子先生(女医)は、ミャンマー(ビルマ)に医療宣教師として奉仕されています。
ミャンマーは仏教国ですが、最初に宣教師として福音を伝えたのは、アドニラムジャドソン宣教師でした。このアメリカからの宣教師は迫害に遭い、投獄されアバという刑務所に入れられ、そこで拷問受け、手足に傷を負いました。
1850年4月62歳の生涯を終えましたが、ビルマ宣教の基礎を作りました。
その彼の墓には「彼は神と共に歩んだ」と刻まれているとのことです。

~~~今日の説教~~「信仰によって生きるとは 2」
へブル11章1-6節
「信仰の章」「信仰列伝集」といわれているへブル書11章に入りました。
まさに信仰の猛者たちの記録、信仰列伝ですね。
私などは足下にも及ばないと怯まないでください。
あなたの名前・記録・祈りすべても、天の文に記録されているのです。

1・望んでいることがらを保証する。へブル11:1節
前ページにある創造訳聖書の言葉を見てください。
信仰とは「将来に起こることを確かなものとしてつかむ手」である。
信仰とは、あなたの心の手です。
神様の約束をあなたのものにする心の「手」です。
手中に納めた。手に入れた。手から離すな等々。

2・目に見えてないものを確信する。
そこに人生の歩む根拠を置くことです。
そして、その根拠は神の言葉である聖書の言葉です。

3・信仰によって神と共に(歩んだ)勇者たち。
ともに歩むには?
行き先がわかっていなければともに歩むことができません。
模範の人々
アベル
エノク
信仰なくして神に喜ばれる事はない。
神様の帳簿には、あなたの名前も、救い主イエス様により刻まれています。